テレビドラマ「家政婦は見た!」シリーズ、「まんが日本昔ばなし」の他、舞台や映画で活躍した女優の市原悦子さんが1月12日午後1時31分、東京都内の病院で82歳の生涯を閉じられました。
今回は市原さんのお亡くなりになった原因やご家族について調べてみました。
市原悦子さん死去 13日NHK「おやすみ日本」で盲腸と発表されたばかり https://t.co/6umwUOjFRT
— スポニチアネックス (@sponichiannex) 2019年1月13日
亡くなった原因は?
市原さんがお亡くなりになった原因は
心不全
でした。
テレビドラマ「家政婦は見た!」シリーズなどで知られ、舞台や映画でも活躍した女優の市原悦子(いちはら・えつこ、本名塩見悦子=しおみ・えつこ)さんが12日午後1時31分、心不全のため東京都内の病院で死去した。82歳。千葉市出身。
13日午前0時5分から生放送されたNHK総合「おやすみ日本 眠いいね!」(12日深夜0・05)で、市原さんが盲腸を患ったことが発表されたばかりだった。市原さんの訃報は伏せられていた。
市原さんは番組内の「日本眠いい昔ばなし」のコーナーを朗読。進行役のピース・又吉直樹(38)が番組終盤に「市原さんが盲腸になってしまいまして。『こんな年になって盲腸になるなんて嫌だわ』というコメントが届いております。そういう事情もありまして、今回は新たに収録することができませんでした」と報告した。
(yahooニュースより引用)
盲腸に関してですが、
複数の関係者によると、市原は昨年12月上旬に体調不調を訴え、検査を受けた結果、盲腸と診断されて入院。手術はせずに薬で治療し、順調に回復していたことから、同21日に「おやすみ日本-」で語りを担当するコーナー「日本眠いい昔ばなし」の収録に参加。同30日に退院した。
年末年始は自宅で過ごすことができたが、再び体調不良を訴え、大事をとって今月5日に再入院。7日に予定していた同番組の収録は、思うような発声ができないため見送り、この日のオンエアでは7年前に収録した未公開分を放送した。
(yahooニュースより引用)
ということで、一旦はお仕事をこなされるくらいになるまで回復をされていたようです。
市原さんは
16年11月に自己免疫性脊髄炎のため都内の病院に入院。以降、入退院を繰り返し、芸能活動もセーブしていた。
(yahooニュースより引用)
とのことで、体力的にきつい状況が続いていたようです。
市原悦子さんのプロフィール
市原悦子さんのプロフィールを調べてみました。
本名 塩見 悦子(しおみ えつこ)
生年月日 1936年1月24日
出生地 千葉県千葉市
身長 160 cm
血液型 A型
配偶者 塩見哲(1961年 – 2014年)
事務所 ワンダー・プロダクション
(https://ja.wikipedia.org/より引用、一部を抜粋)
千葉市立末広中学校を卒業後、千葉県立千葉高等学校に進学。
早稲田大学第二文学部演劇専修卒業後に富士銀行へ就職されています。
1957年に俳優座に入団。
新劇新人推賞を皮切りに芸術祭奨励賞、新劇演劇賞、ゴールデン・アロー賞新人賞などを受賞されました。
1975年からは1994年まで続き、いまなお根強いファンのいる『まんが日本昔ばなし』を故常田富士男さんと2人のみで約20年にわたって演じ続けられました。
その間の1983年、市原さんは当たり役となった『家政婦は見た!』の主役を四半世紀以上も務められました。
しかし、2012年にS状結腸腫瘍の手術、2016年には脊髄炎のため病院に入院。
体調が仕事面にも影響を及ぼすようになってきていたようです。
市原悦子さんのご家族(夫・子供)は?
市原さんのご主人は舞台演出家の故塩見哲さんです。
市原さんと塩見さんは俳優座で同期。
結婚は1961年にされています。
子宝には恵まれませんでしたが、おしどり夫婦で知られていたそうです。
12年に市原さんがS状結腸腫瘍の手術を受けた時も、塩見さんは病床の妻を支えていたが、14年に塩見さんは肺炎で亡くなった。直後から、最愛の人を失った市原も心身ともに衰えを隠せなかった。
(yahooニュースより引用)
と報道されるくらいですから名実ともに「おしどり夫婦」だったのでしょうね。
まとめ
1月12日、舞台や映画で活躍した女優の市原悦子が東京都内の病院で死去されました。
享年82歳でした。
確かな演技で映画、TVドラマ、舞台、声優とマルチに活躍された市原悦子さん。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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